たった一人を納得させられないで 世界中口説けるの

2014年1月1日から2月5日、日生公演初日までの想い。
城ホールでの公演を終えて。

▼1月6日〜25日までのメモ

あけおめコンサート、行ってきました。
オーラスはチケットが見つからず断念しましたが、4日と5日1部に参加し、そこでわたしが見たこと、感じたことです。

まず前置きとして、わたしが神山智洋くんというひとりのジュニアに降りたときの話をします。
既にユニットというものがとっくに確約された立場である村上くんから、全く足場のない不安定な言ってみれば名前だけの括りであるようなユニットの中に収まる神ちゃんに降りると決めたとき、わたしはひとつの自分ルールを作っていました。
「ユニ担にはならない」
このユニットでは、7WESTではデビューはできない。解体、合併、選抜、必ずいずれその時が訪れる。だから傷付かなくていいように、好きになりすぎてしまわないように、ただひたすら神ちゃんがいればそれだけでいいと思って応援しよう。…これがわたしの決意でした。
だけど、好きになりすぎてしまった。関西Jr.という括りを。そして、7WESTというユニットを。だって神ちゃんが大好きだって言うメンバーを、あんなふうに笑顔を向けるひとたちを、好きにならないわけがないじゃないですか。何度も何度も自分に言い聞かせて好きになったら後悔するって思い続けてきたけど、結局そんなことはできませんでした。わたしはこんなにも関西Jr.という仲間たちと一緒にいる神ちゃんが、そして何より7WESTの中の神ちゃんが、しげと、流星と、のんちゃんと、並んで笑い合う神ちゃんが好きだった。4人並んでいる姿が好きだった。…ううん、今でも好き。大好きなんです。愛おしくて仕方ないんです。
失ってはじめて何も覚悟なんかできていなかったと気が付くなんて、まるで陳腐な恋愛ドラマみたいですよねえ。馬鹿だなあ。
自分の気持ちを箱の中にぎゅうぎゅうに押し込めて蓋をしたつもりだったのに、鍵が掛かっていなかったんですよね。

何があっても無でいる覚悟をしよう。受け入れることはまだできないけど、この目で耳でしっかり事実を受け止めよう。そう腹を括って行ったあけおめコンサートは、まるで箝口令が敷かれているかのように何も言わない触れないみんなで仲良しこよし、本人たちもオタクもみんな、会場中が終始異様な空気を纏ったものでした。

ええじゃないか。曲に合わせて振りをすることも、ステージの方に目を向けることも、立っていることすらも、できなかった。あの時のわたしにはまだそんな余裕もなく気持ちの整理なんてひとつもできず、ただただ座って俯いて団扇とペンライトを握り締めるだけの時間を過ごしてしまいました。
申し訳ない、という気持ちはありました。今でもあります。それでもやっぱりせめてこのくらいは許してほしいという思いもあって。
おめでたいこと、であるはずなのに。けれどどうしても自担のいないグループのデビューを素直に喜べない自分がいて、そんな自分に腹が立ちます。だけどそれ以上に、何も言わないくせに曲だけはしっかりやる、そんな姿にもっと腹が立ちました。祝福させない、それを見て聞いて絶望することすらさせてくれない。そんなの狡いんじゃないのかと。

きっとデビューについて触れる。たくさんの祝福の声があがる。勿論該当担は喜ぶべきだし、何も間違ってなんかいない。それがきっと正しく、当たり前の姿だから。だけどわたしはその空気がきっと苦しくてたまらないし、この公演でまたつらい思いをする。そんなこと目に見えてわかっている。それでも、それに耐えてでもステージに立つ神ちゃんを見たかった。
目や耳にしてしまった外野の心無い言葉に傷付いたりもしました。心臓が抉り取られるような思いをして、このたった数日間で何度も打ちのめされて、毎日少しでも気を抜くといくらでも馬鹿みたいに涙腺が緩んで。だけどこれが現実なんだから仕方がないと覚悟を決めて臨んだはずだったのに、蓋を開けてみれば何もない。言わない。
今まで通りを装ってひたすら取り繕うだけの光景が馬鹿らしくて腹立たしくて悲しくてつらくて、このコンサートは何なんだと怒りに震えました。 いや、呆れたのかな。どうしてしっかりとみんなの前で言えないようなことをするのか、取り繕わなきゃいけないようなことをしてしまうのか。デビューってそんなものなのか。あれだけ全力で目指してきた結果が、これなのか。すごくもやもやしました。
そしてただただ、そんな空気の中でもこれだけはわかってしまった、自覚させられた、7WESTなんてもうないんだということ。バラバラの衣装を着て、たったのワンフレーズだけ並んで歌う4人の姿を見るのがつらくて仕方なかったです。

それでもたったひとつ、Shelterを歌う神ちゃんだけはわたしにとって救いでした。希望の光でした。
センターステージでガシガシ踊りながら、今この状況下で「何度でも立ち上がれるさ」と歌う、自担の姿。神ちゃんの歌声が聴こえてShelterだと気付いた瞬間から、体中に衝撃が走ったような感覚に襲われて、ひたすらぼろぼろ涙を零しながらまったく動けずひたすらステージを見つめながらその場に立ち尽くしていました。
出だしの声は甘くて優しくて、そのあとからはひたすらに力強い。歌声も、ダンスも、眼差しも。かっこよかった。本当に、ただただかっこよかった。神ちゃんがどんな気持ちでこの曲をここに持ってきて披露したのか、そんなことはただのしがないひとりのオタクでしかないわたしになんかわかりません。推測することはいくらでもできても、真実は彼の口から語られるまで一生わからない。
それでも、神ちゃんがこの曲を、この歌詞を、わたしの大好きな歌声でうたってあんな大きなステージで踊る。それだけでもう十分でした。
何があってもこの先どうなろうとも、神ちゃんがそこにいてくれる限りは応援したい。今のわたしには神ちゃん以外なんて考えられない、こんなにも心を揺さぶってどうしようもなく掴んで離さないでいてくれるひとは他にはいない。神ちゃんの代わりなんて、どこにもいるわけがない。そう強く思わせてくれたステージだったんです。

そしてこれは関西ジュニアの公演の話ではないんですが、1月19日に京セラドームで行われた関ジャニ∞のツアー、JUKE BOXのオーラスに行ってきました。
友人からチケットあるよ一緒に行こうよ〜とお誘いを受けてわりとギリギリまで行くべきなのか物凄く悩んだんですが、結果的に行ってよかったなあと思いました。
年末の記事にも書いた通り、わたしは村上くんの、関ジャニ∞の現場に入る日を待てずに半年前に担降りをしました。
別に今エイトを見たからといって出戻りするとかそういった不安は、正直全くありませんでした。自分の中でもうとっくに神ちゃんに対するものとは別の気持ちで村上くんやエイトを好きでいる形ができていたから。それでも行くことを躊躇ったのは、降りてしまった自分がオーラスという貴重な公演に入ってしまってもいいのかという、まぁ聞く人によってはわりとしょうもない理由で…笑
だけどやっぱりこの目で耳で全身できちんと関ジャニ∞のコンサートを体感したかったので、行くことにしたんです。
感想としてはただひたすら楽しかった。わたしは担当ロックオン型で近くの他担より遠くの自担をずっと双眼鏡で見つめるタイプなんですが、今回それをしなかったんです。勿論村上くんのことがエイトでは一番贔屓にしているけど、近くに他のメンバーが来たときには村上くんのパートじゃない場面では何の躊躇いもなくその人を見ていたんです。
ある意味手放しで楽しめたのかなあ、と思います。だからこそやっぱりわたしが今“担当”と呼べるのは神ちゃんだけなんだなと改めて実感できたし、どんな形でもいいからステージの上に立つ神ちゃんの姿をまた一日でも早く見たいなと何度も思わされました。
…でも安田さんの挨拶は、あれは、やっぱり抉られたなあ。悪い意味ではないんです。拙い言葉だけどすごく心のこもった素敵な挨拶だったんです。だからこそ、あんなに大きな会場のステージに立って胸を張って堂々とメンバーとの未来を、ずっと一緒にいるからと、そう語れることが本当に羨ましかったです。